道具学への招待 vol.51 湯籠

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 日本最古が自慢の四国松山・道後温泉。その裏手一帯には竹薮が多く、行啓中にそれを見た聖徳太子が竹の編み方を教えたのが愛媛の竹細工の始まりという。
 伝承? ブランド力を高めるための作り話? 竹林のあるところ竹取の翁あり、道後周辺や近くに流れる石手川沿いに竹工芸業者や卸屋、温泉街に竹細工の小売店が並び、竹製品がみやげ物のトップの時代が昭和30年代くらいまで続いた。
 藩政の時代から松山城下では生け花や茶の湯が盛んだったため茶道具、花器などが作られ、特に花器は全国の華道家の使う7~8割を松山産が占めた。さらに竹文化を持たない海外に販路を拡大、松山収容所に「滞在中」の露兵捕虜の目にとまりロシアにまで輸出したという。
 しかし、竹かご製品はプラスティック製品やダンボールの出現で退役を余儀なくされ、今温泉街にその名残を留めるのは「竹屋」ただ一軒。市内の竹工芸業者も数軒を数えるだけである。

写真:青湯籠(あおゆかご)~松山市道後湯之町「竹屋」で販売(2,100円)

(今崎五洋 2009/06)

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